序章:1ページ。



当時の派閥争いの中で生まれた、このパラドックスをもう少し詳しく確認していきます。


タイトルの命題は「足の速いアキレスは亀に追いつけるのか?」です。
その答えは当然「はい、追いついて、追い抜けます」ですね。

この答えを聞いて、にやりと笑った、わけです。


アキレスが亀に追いつくためには、最初に亀のいるところまで行く必要がある。
しかしそこにたどり着くまでの間に亀は少し進んでいる。
だから、その位置までアキレスは行くが、またまた亀は進んでいる.......。

ふぉ、ふぉ、ふぉ、いつまで経ってもアキレスは亀に追いつけない。
追いついて、追い抜けるだと、
追いつくことすらできないアキレスがどうやって亀を追い抜くというのだ。

派閥に関係のない今の私たちなら、よく読めばおかしいところに気づきます。



Wikiを見るとわかるように、

ゼノンは、
「アキレスと亀」の話を通して、世の中は”今”で分割(微分)できる、と言ったのです。
*でも積分を認めないので、時が止まってしまいます。

これに対し、
アリストテレスは、時間が「不可分割的な”今”から成るのではない」とゼノンを否定。
世の中の出来事は、時間の流れ(積分)の中にある、と反論したわけです。
*結果、瞬時値の微分も否定してしまいますから平均値しか扱えません。

ということで今の私たちなら、 
おしい、! お二人が仲良くすれば派閥闘争は起こりませんでした、
って言うしかないですね。

つまり、
「微分(凍結)」によって時間を止めたら、「積分(解凍)」で時間の流れを戻してあげればいい、
そうすれば複雑なチョウチョの動きも調べることができるようになります。
って教えてあげれば派閥闘争のない平和な世界にすることもできそうです。



ただし、数学的には「二分法」という考え方が面白い題材となるみたいです。

「二分法」の解釈として、
アキレスと亀のように、目標点(亀)までの距離を無限の伸ばす思考と、
飛んでいる矢のように、移動するもの(矢)の時間を無限に伸ばす思考に、
分けることもできそうです。

どちらの思考も無限を扱うので、無限等比級数の和、という考え方で解決を図るようです。



ただし、アキレスと亀のパラドックス、ではゼロに向かって収束してもゼロにはなりません。

なぜなら、ゼロになるとアキレスは亀に追いついたことになるからです。
追いついたら追い越せるのでパラドックスが崩壊します。



ここからは派閥闘争とは縁を切って
純粋にパラドックスとして見た場合には、どこに問題点があるのかを考えます。

まずこの話を素直に考えたときには、
アキレスが亀に追いつけないのは、アキレスが亀を追い抜かないようにしたことが原因だとわかります。

a



ところで、そもそもパラドックスとは何ぞや。

リンク先、Wiki パラドックス から画像をお借りしてみました。

b

上図を基にパラドックスに陥る原因を考えたとき、
このパラドックスでは「目標点のすり替えが起きている」ことに気づきます。

つまり、足の速いアキレスと足の遅い亀、という前提条件がある以上、
目標点は当然アキレスが亀を追い抜いた地点に設定すべきです。

しかし設問では、足の速いアキレスは亀に追いつけるのか?、です。
これによって、目標点が亀に移って追いつく地点に変わってしまうのです。

これで最初の説明の中で答えを聞いた瞬間、にやり、と笑った意味が分かるはずです。
この質問の仕方が原因で誘導されていったことがわかりますね。
その誘導により「目標点のすり替え」が起こったため、アキレスは亀を追い越せなくなったことが分かります。


以上のことから、これがパラドックスに陥る要因は、設問そのものが正しくない、ためだとわかります。

これは、上図1.の前提条件は正しいがそれを問う設問に間違いがあるため、
間違った設問から発生する上図2.の推論は正しくなり、上図3の結論も正しいことになります。

ですから、この設問の間違いに気づかない限り、パラドックスに陥ってしまいます。



間違った設問によって何が起こったのか?

c


上図のように、
間違った検証で、一致ポイントまでをいくら調べても永久に一致ポイントの事はわからない、ことになります。
これは先に書いたように、無限等比級数の和がゼロに向かって収束してもゼロにはならない、ことが原因です。


もし一致ポイントを調べたいのなら、
正しい検証で、一致ポイントをわずかでも抜けた先から一致ポイントへ向かって調べる必要があります。
つまり、アキレスは亀を追い抜いてから後ろに亀を見る必要があります。(脚注:1)


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脚注:1
アキレスは亀を横に見ても(並んでも)追い抜いた事にはなりません。
ですから、追い抜いたことを確認するためには、振り返って対象を確認する必要がある、ということになりますね。


このブログは、間違っていた自分の考えを今後も間違えながら正していこう、というブログになっています。