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ここまで空間と座標について考えてきました。
ここではその考えを元にして、古典物理学で基準とした絶対座標について考えます。



電磁場から宇宙空間までたった一つの座標で表していた絶対座標

ここまでの考え方では、固有空間は”系”から単位をもらっています。
そして単位を与えるべき”系”は定義により自らの単位を与えられます。

そこで、その定義を座標に変換すれば、絶対座標、が生まれることになります。



古典物理学では、絶対座標は”系”ではなく”物理学”そのものになります。

固有空間を要素として集めたものが”系”です。その”系”を入れ子にしたものも”系”です。
その”系”は単位を持つことになりますが、それは物理学で計算するために考え出された単位です。

つまり物理学を考えるための座標ですから、”系”ではありません。

正式名称を考えるならば、”古典物理学的な絶対座標思考空間”となりそうです。
ただ長くなるので、このブログでは”絶対座標思考(空間)”と呼ぶことにします。



基本単位

単位と言う言葉が出たので調べてみました。

基本単位として、
頭文字を取ったMKS:単位系では、長さ(メートル)・質量(キログラム)・時間(秒)の単位を用います。
*あるいは電流を加えた、MKSA:単位系と考えることもできます。

SI:国際単位系ではさらに、アンペア(電流)・ケルビン(温度)・カンデラ(光度)・モル(物質量)を加えた七つが基本単位となっています。

これまでは”系”に与える単位は長さと時間しか考えてきませんでしたが、実際には七つの基本単位を与えることができることになります。



絶対座標思考

”系”に属した固有空間は”系”の単位を取り込んでいることから、
”地球という系”を出発したロケットは、宇宙空間上をどこまで飛んで行っても地球と同じ”距離と時間”の単位を使えることになります。

このロケットを頭の中ですべての方向に飛ばし宇宙の隅々まで探索させたとき、
宇宙空間上のすべての場所は地球と同じ”距離と時間”を持っていると解釈してもいいことになります。

それが、”絶対座標思考”、です。

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実際に”系”に属していない対象すべてが地球の定義に従うと考えることで、古典物理学では宇宙を含め地球上で見ることができるほぼすべての対象を現実的な物理数学で表すことができました。

しかし、光速度の取り扱いに問題が生じてしまいます。

以下、ジェームズ・クラーク・マクスウェル - Wikipediaマクスウェルの方程式 - Wikipedia、より
しかし、マイケル・ファラデーによる電磁場理論をもとに、1864年にマクスウェルの方程式を導いたことで新たな問題が出てきました。
19世紀後半を通じて物理学者の大半は、マクスウェルの方程式において光速度が全ての観測者に対して不変であるという奇妙な予測のために、またそれがニュートン力学の運動法則と矛盾したために、これらの方程式が電磁場への近似的なものに過ぎないと考えた。



ニュートンの運動方程式を考える

ここで前回見たWikiの説明をもう一度確認しましょう。
ガリレイ変換とは、観測者の視点を変えることである。
例えば時速80キロメートルで走る電車の中を、進行方向に向かって時速4キロメートルで歩いている乗客は、別の乗客からは、時速4キロメートルで動いているように見える。
しかし、電車の外にいる人からは、この乗客は時速84キロメートルで動いているように見える。

つまり、見る立場を変えるだけで、歩いている同じ人の速度が変わる、ことになります。

その見え方の違いを定式化したものがガリレイ変換です。
ガリレイ変換を簡単に言うと、相手のみかけの速度=相手の速さ-自分の速さ、となります。


例えば、電車の問題をガリレイ変換で考えると、
電車の外からの歩行速度=電車の速度+歩く人の速度、ですから、
電車の中での歩行速度=(電車の速度)+歩く人、となります。

上式から、
電車の中の人は電車の速度が0km/hと考えているために、歩く人=歩行速度、になっています。
このことから、電車の外から見る人は、
電車の速度を0km/hにするために電車の速度を引けば、歩く人=歩行速度、となることが分かります。

これを、ガリレイの相対性原理、といいます。

そしてニュートンの運動方程式は、ガリレイ変換をしても、つまり誰から見ても、成立する。このように、常に成立することを「不変」という。
古典的には、質点に加えられた力積が質点の運動量変化に等しいこと、及び質点に加えられた仕事が力の変化に等しいことがこの方程式から導かれる。
力積(りきせき、英: impulse)は、力の大きさと力が働く時間を掛けあわせたもので、他の物体の運動量をどれだけ変化させるかをあらわす。(下図は力積 - Wikipediaからお借りしました)
時間・距離・速度に関わる次元

ニュートンの運動方程式は、力=質量×加速度、です。


この式を先の電車の例で考えてみます。

電車が等速運動しているときは、加速度に変化はないので力にも変化はありません。
一方、静止している地上も同じ理由で力に変化はありません。

このように、力の変化がゼロの状態が続く状態を、慣性系、と呼びます。
*このとき力の値はそれぞれ違うことに注意してください。


そして残った歩く人もまた力に変化はありませんから慣性系になります。
ですから、ガリレイ変換では力に変化は起きません。
これは加速度が発生していないのですから、
等速度運動する(定数とみなせる)物体をどのような組み合わせで加・減算しても当然問題は生じないことが分かります。

このように、力という観点から見ると誰がどんな位置から見ても同じ結果になります。
これを、不変である、と言います。


不変の状態を拡大すると、力の変化が等しい場合にも適用できることがわかります。
例えば、AよりBの加速度が遅い場合、それは見かけの加速度が遅いだけと言えます。
この場合、力の変化が等しいことから、Bの質量がAより重いことが分かります。

さらに拡大すると、
相対的な力の変化が等しくなくても、
必要な値さえ分かっていれば)見かけの状態の原因を突くとめることも可能であることがわかります。

このような状況にあるとき、ニュートンの運動方程式が成り立つ、と言います。



光速度の問題

前回見たように、エーテル説は潮流の考え方を使いました。
そこに今見た、ニュートンの運動方程式を適用させる必要があります。


ここで宇宙空間について宇宙空間 - Wikipediaで調べてみました。
宇宙空間(うちゅうくうかん、英: outer space)は、地球およびその他の天体(それぞれの大気圏を含む)に属さない空間領域を指す。また別義では、地球以外の天体を含み、したがって、地球の大気圏よりも外に広がる空間領域を指す。
地表から100kmを超える地点を宇宙空間と呼称するのが慣習である。国際条約において宇宙空間を定義することは領空の上限を定義することを意味するため、各国とも慎重であり明文化された定義は存在しない。

”系”に属さない状況下でも”絶対座標空間思考”では問題にならないことは先に書いた通りです。
が、肝心の宇宙の状態についての記述がありません。そこでネット情報を寄せ集めてみると、
宇宙空間の温度は絶対零度であり、空間には物質の粒子や電磁波とよばれる波などいろいろなものが飛びかっている真空の世界、となります。
*温度は粒子の振動によって起こる現象なのですべてが均一な完全絶対零度にはなりません。

宇宙空間には邪魔するものはありませんからエーテル説も使えます。

しかし、光速度を潮流で遅らせるために導入したエーテルを地上でニュートンの運動方程式に割り当てるとき、エーテルの性質がものすごく複雑なものになってしまい記述できそうにありません。
*絶対座標思考ですから、ニュートンの運動方程式が成り立つ、必要があります。

そのため、地上空間で適用させるなんてとんでもないと考え、
エーテル説は宇宙空間または電磁場空間しか使えないと考えたのだろう、と推測できます。



相対座標なら可能なのか?

しかし、1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を提出したことによって、マクスウェルの方程式が正確で、ニュートン力学の方を修正すべきだったことが明確になりました。

アインシュタインは、絶対座標に固辞するエーテル説を否定しました。
そして、古典物理学的な絶対座標思考空間、ガリレイの相対性原理、ニュートンの運動方程式
それらすべてが成り立つ相対性理論を完成させました。



アインシュタインの相対性理論は、絶対座標を否定しても古典物理学を否定していません。
このことからアインシュタインは古典物理学に敬意を示していることが分かります。
相対性理論を学べばわかるように、すべてを光速度基準で記述すれば相対性理論はもっと簡単な理論になっていたはずですが、古典物理学を守るために、最後まで古典物理学に基準を置くことを考えた、ことで相対性理論は摩訶不思議な現象を扱うかのような理論になってしまいました。

そのため、これまで見てきた絶対座標を一度忘れて、一から組み立て直す必要があります。
そして出てきた答えは、地上に海を乗せるのではなく地上そのものを凸凹にする、という発想でした。

確かにIQ160の頭脳が必要だったこともわかりますね。


このブログは、間違っていた自分の考えを今後も間違えながら正していこう、というブログになっています。